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函館地方裁判所 昭和44年(行ウ)1号 判決

原告 浜鍜治武夫

被告 北海道警察函館方面本部長

訴訟代理人 宍倉敏夫 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の申立て

一、被告が原告に対し、昭和四四年一月二七日、原告の保有する第一種運転免許(第一一六六〇〇九〇八五〇号)の効力を昭和四四年二月四日から同年四月二四日まで八〇日間停止した行政処分はこれを取り消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

第二、被告の申立て

一、本案前の申立て

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

二、本案の申立て

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第三、請求原因

一、被告は原告に対し、昭和四四年一月二七日、後記の理由により原告の保有する第一種運転免許(第一一六六〇〇九〇八五〇号)の効力を昭和四四年二月四日から同年四月二四日まで八〇日間停止するとの行政処分(以下本件処分という。)をなし、原告は同年二月四日右処分の通知を受けた。

道路交通法(以下道交法という。)一〇三条二項二号の規定に該当

違反年月日 昭和四三年九月四日

処分理由 傷害事故

二、しかしながら、本件処分には次のような違法があるから、これは取り消されるべきものである。

(1)  道交法施行規則三〇条、別記様式第一九によれば、公安委員会等が免許を取り消し、又は免許の効力を停止した場合そのことを当該処分を受けた者に通知するときには、理由を記載すべきものとされているが、本件処分の通知には理由が付されていない。

すなわち、自動車運転免許の取消し又は停止の処分の理由は、一定の事由がある場合に行政権により一方的に行なわれるものであるという処分の特性に鑑み、また、同一事実について重ねて処分される危険を防止する必要から、被処分者が首肯し得る程度に、できる限り日時、場所および方法を明らかにして処分の対象となるべき事実を具体的に特定して記載されるべきである。

しかるに、本件処分の通知書には前記第一項のような記載があるのみで、他の事実と識別し得べき程度に具体的にどのような傷害事故を起したか、およびそれが八〇日間の運転免許停止処分に相当する程度の違反であるかどうかについて明らかにされていない。

(2)  原告は、被告の指摘する日時に原告の責に帰すべき傷害事故を起していない。

三、よつて、原告は被告がした本件処分の取消しを求めるため本訴に及んだ。

第四請求原因に対する答弁および被告の主張

一、本件処分による運転免許の効力の停止期間は、原告において講習を受けたことにより、昭和四四年二月一九日付で三五日間に短縮され、同年三月二〇日をもつてすでに右停止期間は満了した。従つて、原告はもはや本件処分の取消しを求める法律上の利益を有しないから、本訴は不適法であつて却下されるべきである。

二、請求原因第一項の事実は認めるが、第二項の主張はいずれも争う。

三、理由附記について

1  本件処分には、理由附記不備の違法はない。

(一) 公安委員会等が運転免許の取消し又は停止処分をする場合の理由附記は、処分理由の記載程度について法令上特段の定めもないのであるから、被処分者がいかなる事由を理由として処分されたかを知り得る程度のものであれば足りる。

従つて、処分通知書には詳細に具体的事実を開示し、あるいは当該処分をなしたことが事実に照らして相当であることを被処分者に首肯せしめるに足りる理由附けをなすことまでも要求されているわけではない。

(二) 原告は、昭和四三年九月四日、後記のとおり道交法一一九条一項二号の二、二八条に該当する違法な追越運転を行なつて交通事故を惹起したため、同法一〇三条二項二号、同法施行令三八条二号ハにより本件処分に付されたものである。原告が右違法行為および交通事故を起したことは、その発生年月日を示せば、その内容につき、被処分者たる原告において直接体験した事実であるから、当然了知し得るものである。それ故、本件処分の理由附記としては、処分の根拠法条および違法行為の発生年月日を示せば足り、本件通知書では、これに加えて事故態様として傷害事故であることまでも明記しているから、これによつていかなる事案についていかなる処分がなされたかを原告において充分了知し得るものというべきである。

2  仮に、本件処分の理由附記が、処分事実の特定性・識別性の点で欠けるところがあつたとしても、原告は、後記の事故発生直後その実況見分、取調べ等に立会して、無謀な追越運転とこれに基因する事故発生を認め、さらに傷害事故の被害者にも自己の非を認めるなどしており、本件処分通知書とあいまつて処分事実、処分理由を充分に了知していたのであるから、本件処分を取り消すべき瑕疵があるとはいえない。

四、本件事故について

1  本件事故の経過

原告は、昭和四三年九月四日午後四時四五分ころ、普通貨物自動車(ライトバン、函四ひ四九四五号、車幅一・五五メートル、車長四・二一メートル-以下原告車という。)を運転して、国道三七号線(舗装部分幅員七・七メートル-以下本件道路という。)

を室蘭方向から函館方向に時速約六〇キロメートルで進行し、有珠郡伊達町字北黄金六番地先路上附近(以下本件事故地点という。)に差し掛つた際、同方向中心線寄りに時速約五〇キロメートルで進行中の訴外多田恒勝の運転する大型貨物自動車(ダンプカー、室ゆ二九七〇号、車幅二・四四メートル、車長七・七メートル-以下前車という。)を追い越すべく、法定速度(時速六〇キロメートル)をかなり上まわる速度に加速し、中心線の右側に出て進行を始めたとき、前方約七〇メートル地点に訴外蔦原真一の運転する普通乗用自動車(以下対向車という。)が、時速約六〇キロメートルで進行してくるのを発見した。

このような状況にある場合、原告としては速度を減じ追越を中止して進路を元の状態に戻し、さらに、前車、対向車の位置・速度、前車の前方の状況、道路状況の安全を確認したうえで追越を再開すべきであつたのに、急制動もかけずあわててハンドルを左に切つたため、並進していた前車に衝突しかかり、危険を感じた前車は急拠左にハンドルを切り急制動をかけたところ、たまたま進路前方七・七メートルの道路左側端に駐車してタイヤの修理をしていた訴外永井知運転の軽四輪貨物自動車(室は四〇二二号、車幅一・三メートル-以下軽四輪車という。)に追突し、同訴外人に対し加療約二カ月を要する左大腿皮下骨折、頸部右肩部打撲の傷害を与えた。

2  原告の帰責事由

原告は追越する際、

(1)  本件道路が直線平坦な見通しのよい道路であつたから、前車の前方に二、三台のダンプカーいずれも車間距離二〇ないし三〇メートルを保ちつつ、中心線寄りに時速約五〇キロメートルで進行していることを認識しており、対向車のない場合でなければこれらの車両の中間に入りこむことが危険であるのに、対向車のあることを知りながら敢えて追越を始めたこと。

(2)  一般に追越をするには、前車と並進する状況になつたときの側方車間距離を一・五メートル程度保たなければ、並進中に接触の危険があるのに、原告は警笛も吹嗚しないで、右距離を僅か一メートル足らずしか保たず、突然高速度で追越を始めたこと。

(3)  時速五〇キロメートルの前車を時速六〇キロメートルの原告車が追い越すには、二四〇メートル進行しなければならず、さらに、時速六〇キロメートルの対向車がある場合なら、これと接触しないで前車を安全に追い越すには四四〇メートルの距離が必要であり、原告は自動車の運転者として当然このような経験則を知つていたはずであるのに、漫然と追越を開始したこと。

等の諸事由を考慮すれば、原告の追越は無謀であり危険な行為であつた。

これに加えて、本件道路は片側一車線であるから、前車の車幅からみて同車が原告車に進路を避譲(道交法二七条)するのは極めて困難な状況にあり、ことに原告車と並進した地点では、前方左側端に駐車していた軽四輪車があつたため、進路を避譲し得ない状況にあつた。

しかるに、原告車が突如前車の右側方からその進路前方に突込んできたため、前者としては原告者との接触による危険を避けるには急拠ハンドルを左に切るほかなく、このような事情のもとに発生した本件傷害事故はすべて原告の過失に基づくものというべく、原告は本件事故につき帰責事由がある。

仮に、前車に何らかの過失があつたとしても、その過失は原告の前記過失に誘発されたものであり、これと原告の過失とが競合して本件事故を惹起させたものといえるから、原告にも帰責事由がある。

五、原告は、後記のように、本件事故につき原告車は何らの影響力をもたなかつた旨主張するが、その主張は、原告車および前車の各速度を毎時六〇キロメートルおよび五〇キロメートルと特定し、空走時間〇・八秒、過渡時間〇・二秒、摩擦係数〇・七五と固定したうえでなされているものであつて、右前提条件自体が正確とはいえず、個別の具体的事件を単なる平均的数値の操作によつて律しようとするものであり正当とはいえない。

第五、被告の主張に対する原告の答弁

一、運転免許停止処分は、被処分者に対する制裁のほか、その名誉、信用等の人格的利益の侵害でもあり、この状態は停止期間経過後も残存するから、右経過後も訴えを提起する法律上の利益がある。

二、1 第三項の2の事実中、原告が本件事故発生直後その実況見分、取調べに立会したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2 第四項の1の事実中、次の点は認めるが、その余の事実は否認する。

(1)  原告が、被告主張の日時に自動車を運転して本件事故地点に差し掛つたこと。

(2)  原告車は前車を追い越そうとして、道路の中心線の右側に出て進行を始めたこと。

(3)  原告は前方に対向車が進行してくるのを発見したこと。

(4)  前車が被告の主張する自動車に追突し、訴外永井に対し被告の主張する傷害を与えたこと。

3 第四項の2の事実中、次の点は認めるが、その余の事実は否認する。

(1)  本件道路が直線平坦な見通しのよい道路であること。

(2)  前車の前方に別のダンプカーが進行していたこと。

(3)  時速五〇キロメートルの前車を時速六〇キロメートルで追い越すには、被告主張のような距離を進行しなければならないこと。

(4)  時速六〇キロメートルの対向車がある状況の下において前車を安全に追い越すには、被告主張のような距離が必要であることを原告が運転者として経験則上知つていること。

(5)  本件道路が片側一車線であること。

三、原告車は、次のとおり本件事故につき何らの影響力ももたなかつたものである。

(1)  前者が急制動の措置をとつてから原告車に接触するまでの所要時間と距離

(イ) 空走時間と空走距離

急制動の場合のいわゆる空走時間(反応時間)は、約〇・八秒であり、本件の場合、時速約五〇キロメートル(秒速約一三・九メートル)の前車の空走距離は、約一一・一二メートルである。

13.9m×0.8=11.12m

(ロ) 過渡時間と進行距離

ブレーキがきき始めてから最大ブレーキ力またはスキツドに達するまでの時間、いわゆる過渡時間は、バス・トラツク等の大型車では約〇・二秒である。また乾いたアスフアルト、コンクリート道路におけるタイヤと路面間の摩擦係数は約〇・七五であるから、これによる速度の減少は毎時約二・七キロメートル(毎秒約〇・七五メートル)である。

そうであるとすれば、本件の場合、過渡時間が終つたとき(いわゆるスリツプ開始時)の速度は、

13.9m/S-0.75m/S=18.15m/S

過渡時間中の平均速度は、

(13.9m/S+13.15m/S)/2=13.525m/S

過渡時間中の進行距離は、

13.525m/S×0.2S=2.705m

(ハ) 主制動時間と進行距離

主制動時間とは、ブレーキ力がほぼ一定の最高値をとつている時間である。ところで、スキツドの間のブレーキ力は、タイヤと路面間の摩擦係数により定まるほぼ一定の力となつているので、この間の自動車の運動は、等滅速度運動と考えられている。

本件の場合、前車の主制動後の距離を測定すると、スリツプ痕七・七メートルに前車の後車輪軸から後端までの長さ約二・五メートルを加えた約一〇・二メートル以内と算定される。

そうであるとすれば、本件の場合、主制動時間中の平均速度は、

(13.15m/S)/2=6.575m/S

主制動時間は、

(7.7m+2.5m)/(6.575m/S)=1.55S(秒)ということになる。

(ニ) したがつて、前車の全制動時間は、

0.8S+0.2S+1.55S(秒)

その時間中における全進行距離は、

11.12m+2.705m+10.2m=24.025m

ということになる。

(2)  一方、原告車は、当時毎時約六〇キロメートル(毎秒約一六・三メートル)で走行していたいのであるから、右前車の全制動時間二・五五秒間に約四一・五六五メートル進行した計算になる。

16.3m×2.55=41.565m

そうであるとすれば、同一時間内に原告車は、前車より約一七・五四メートル余計に走行したはずであるが、それにもかかわらず原告車の左ドア附近が前車と接触したというのであるから、これを逆算すれば、原告車の前端から右接触個所の前端までの長さ約一・八メートルを考慮に入れても、被告の主張する前車が原告車と並進(運転席がほぼ並ぶ)の状態で左にハンドルを切つて急制動の措置に入つたと称する地点では、原告車は前車の約二車身後方の地点にあつたということにならざるを得ない。

第六証拠(省略)

理由

一、被告は、本件訴えはその利益を欠くから却下されるべきであると主張するので、まずこの点について判断する。

昭和四四年一月二七日、被告は原告に対し本件処分をなし、原告が同年二月四日右処分の通知を受けたことは当事者間に争いがなく、さらに、右処分による運転免許の効力の停止期間は、原告が講習を受けたことにより、昭和四四年二月一九日付で三五日間に短縮され、同年三月二〇日をもつて右停止期間が満了したことは原告において明らかに争わないところである。

しかしながら、一旦運転免許の効力の停止処分がなされると、その旨運転免許証に記載され(道交法九三条二項)、右停止期間が満了して停止処分の効力が消滅しても、停止処分自体が取り消されない限り免許証における右記載は抹消されないのであるから、違法に運転免許の効力の停止処分を受けた者は、これによつて著しく名誉信用等の人格的利益を侵害されるばかりでなく、運転免許証上に運転免許の効力の停止という制裁処分を受けたことが前歴としてそのまま存続する結果、就職に差し支えをきたす等有形無形の不利益を招く慮れがある。従がつて、原告は運転免許停止期間経過後といえども右処分の取消しを求める法律上の利益を有するものと解すべきである。

二、次に本件処分の理由附記につき判断する。

1  請求原因第一項の事実は、当時者間に争いがない。

2  ところで、道交法施行規則三〇条によれば、「公安委員会が免許を取消し、又は免許の効力を停止したときは、当該処分を受けた者に別記様式第一九の通知書により通知するものとする。」と規定されており、右別記様式第一九によれば、通知書の記載事項として被処分者の住所・氏名、免許証の番号、免許の種類、理由の各欄が掲示されている。そして、処分理由としてどの程度の記載をすべきかについては何らの定めがないから、理由の記載が必要とされる趣旨に照して考えるよりほかない。処分の通知に理由が必要とされる趣旨は、被処分者にいかなる事実に基いていかなる法令を適用して処分がなされたかを明らかにして不服申立ての機会を与えるとともに同一事実に基いて再度処分を受けることのないように保障することにあると解される。従つて、理由の記載にあたつては、処分の根拠となつた事実および適用された法令を記載すれば足りるものということができ、原告の主張するように被処分者に当該処分をなしたことが事実に照して相当であることを首肯させるに足りる理由の記載までも要求されるものと解すべきではない。これを本件についていえば、処分の対象となつた事故の発生年月日および事故が傷害事故であることならびに処分の根拠法条が記載されており、しかも右事故は原告が直接体験した事実であるからその発生年月日を示せば、その内容は当然了知しうるものと解される(原告が本件事故発生直後その実況見分、取調べに立会したことは原告の認めるところである。)から、理由の記載について欠けるところはないといわなければならない。

してみると、本件処分には理由の記載につき不備があるとの違法はないから、この点についての原告の主張は理由がない。

三、原告は、本件事故につき原告には何ら帰責事由がない旨主張するので、この点について判断する。

1  次の点については、当事者間に争いがない。

(1)  原告は、昭和四三年九月四日午後四時四五分ころ、原告車を運転して本件道路を室蘭方向から函館方向に進行中、本件事故地点に差し掛つた際、同方向に進行中の前車を追い越すべく道路の中心線の右側に出て進行を始めたとき、前方に対向車が進行してくるのを発見したこと。

(2)  前車が本件道路左側端に駐車してタイヤの修理をしていた軽四輪車に追突し、訴外永井知が加療約二カ月を要する左大腿皮下骨折、頸部右肩部打撲の傷害を受けたこと。

(3)  本件道路が直線平坦な見通しのよい道路であり、前車の前方に別のダンプカーが進行していたこと。

2  本件事故の状況

(証拠省略)を総合すれば、次のような事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は原告車を運転し、本件道路の中心線寄りを函館方向に向い時速約五〇キロメートルで進行していた前車の後方を走行していたが、本件事故地点に差し掛り、時速約六〇キロメートルで右道路の中心線の右側に出て前車の追越を開始した。そして、両車がその間隔一メートル位の状態で並進(両車の運転席がほぼ並ぶ状態)したところ、原告は前方約七〇メートルに進行してくる対向車を認め、そのまま進行するときは対向車と衝突する危険があるため、これを避けるべくハンドルを左に切つたところ、前車と接触の危険が生じた。前車を運転していた多田恒勝はこれを避けるため自車のハンドルを左に切つたが、たまたま前方道路左端に駐車していた軽四輪車と衝突する危険が生じたため、これを避けるため同時に急ブレーキの措置をとつたが及ばず、前車の左前部を軽四輪車の右後部に衝突させ、パンク修理のため軽四輪車の前方にいた永井知と共に同車をはね飛ばしその直後に原告車の左側ドア附近に前車右前部を接触させた。

3  原告の帰責事由

(1)  前掲各証拠によれば、軽四輪車は左側車輪が本件道路の路肩左端から約九〇センチメートルの所に位置する状態で駐車していたこと、前車の前方同一方向には、前車同様のダンプカーが二台本件道路の中心線寄りを進行しており、右ダンプカーはいずれも進路を変えることもなく軽四輪車の駐車地点右側を通過していること、本件道路の左側部分には、中心線寄りの地点からやや左斜めの方向に七・七メートルにわたつて前車のスリツプ痕がついていたこと、前車と軽四輪車とが追突した直前において、本件道路上で前車、原告車および対向車がほぼ横に並ぶような状態になつたこと、本件道路の幅員は約七・七メートルであるが、右各車の車幅はそれぞれ軽四輪車一・三メートル、前車二・四四メートル、原告車一・五五メートル、対向車一・四九メートル(合計六・七八メートル)であつたこと、従つて、右四台の車が近接した時間内にほぼ横に並ぶ状態で互に通過することは計数上は可能であるとしても、その間隔は極めて狭少であるから接触あるいは衝突の危険が伴い、六〇キロメートルないし五〇キロメートルの時速で通過することは困難な状況であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2)  そこで、右認定の事実に前記2認定事実および前記1の争いがない事実を合わせ考えると、原告は、追越を開始するに際し、前車の速度および動静、対向車の有無およびその速度、対向車との距離等に注意して安全な速度と方法で進行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、対向車の有無およびそれとの距離を十分確認することなく追越を開始した過失があり、そのため追越開始後前車と並行した時に始めて対向車を発見し、これとの衝突を避けるため前車との接触の危険が生じ、前車においてこれを避けるためやむを得ずハンドルを左に切り急停車の措置をとつたが間に合わず、本件事故が発生したものということができる。そして、前車の運転者が原告車の接触の危険を避けるためにハンドルを左に切り急停車の措置をとつたことは、危険を避けるためやむを得ない措置であると認められる。

してみれば、本件傷害事故は、原告の無謀な追越によつて生じたものといわなければならない。仮に、本件事故につき前車の運転者にも何らかの過失があつたとしても、原告はその責任を免れるものではない。

4  原告は、交通事故に関する計算図表(証拠省略)に基づき原告車および前車の位置関係を推定したうえで、本件事故につき原告車には何ら影響力がない旨主張するが、本件事故が原告の追越を原因とするものであることは前記認定のとおりであり、原告の主張は次のとおり理由がない。

(1)  原告は、前車の空走距離および過渡距離の算出にあたり、空走時間〇・八秒、過渡時間〇・二秒、摩擦係数〇・七五として計算したうえで右主張をするが、これらの数値は一般的な基準を示すものであつて、個々の運転者の能力ならびに車両の状態等の違いによつて、制動操作に対する反応の遅速および所要時間の差異が生じ、道路および車両(特にタイヤ)の状態等によつて摩擦係数が異なるものであるから、右数値は具体的な事件においては修正を必要とするものといわなければならない。

(2)  原告は、原告車の時速について六〇キロメートル(毎秒一六・三メートル)と固定したうえで、原告車の走行距離を計算しているが、前記認定の道路の状況、対向車、原告車および前車の状態等からいつて、原告車が終始同一の速度で走行したものと認めることには疑問があり、原告は対向車および前車との衝突、接触等の危険を感じて、これを回避するため制動操作等の措置をとつたのではないかとの合理的な疑問を抱く余地が存在し、原告車の速度を毎時六〇キロメートルと固定してその走行距離を計算することは肯認できないものである。

(3)  以上のとおり、原告の右主張は、計算の基礎とされている各係数および数値が必ずしも正しいものとはいえず、本件事故がほとんど瞬間的ともいえる短時間のうちに発生したものであることからして、極めて僅かな時間的相違によつてもその計算の結果は大幅に変つてくるものといわざるを得ない。従つて、前記計算図表を何ら修正することなくそのまま応用して算出した結果をもつて、絶対に正確というにはなお不確定な要素が介在し、いま直ちにこれを採用することはできない。

四、よつて、本件処分には原告の主張するような違法は認められず、この取消しを求める原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新海順次 今井功 久保真人)

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